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お客様へ対する変わらぬ信念を持って 隠れ里車屋支配人の言葉

  • Category : 隠れ里車屋
  • 2017.08.13

おはようございます。
The KAMAKURA WEDDING内河です。

 

今回、ホームページのリニューアルに伴い、
隠れ里車屋の支配人に改めて車屋の創業秘話や料理、
お客様に対する想いをたくさんのインタビューさせていただきました。
 

「そもそも車屋は武蔵野茶楼という喫茶店として始まり、日本料理店として形を変えたのが昭和38年。
もちろんその当時も料亭と言われる場所がありましたが、そこは財界人ばかりが出入りする場所で
一般の方には敷居が高く、足を踏み入れる事は難しい場所でした。
しかし、リーズナブルな価格で、一般の方々にも料亭の味を楽しんで頂きたいという想いから『スタンド割烹』という名前で新宿に店を構えました。

 

日本料理店として、常に美味しいものを提供する形にも力を入れており、
車屋では厨房の調理人全てを正社員として登用しています。
とはいえ、一人前の調理人として自立できるのは10年はかかります。
先ず包丁が握れるようにまるまでに1年、そして魚をさばけるようになるには5年、
焼き場を預けられるようになるには更に3年、
煮方が出来る様になるまでを考えたら10年はかかります。

 
 

 

 

日本料理店としてスタートした昭和38年から今日まで約55年。
ここまで、味を落とすことなく続けてこられたのは、
正社員として雇用をし、修行を積む中で、
日々200名様程のお客様の料理を提供しながら、
リーダーとして後輩たちの指導も行っているからです。
先輩が辞めてもその次の先輩が後輩の指導をする様にしているからこそ味の継承できる今の形があります。

 

車屋の料理は当初、京風の日本料理をめざし提供していましたが、
時代の流れと共にお客様が求める事も変わってきました。
日本料理ではお肉料理はありませんでした。
日々お客様のご対応をさせて頂く中で、
お客様がお肉料理を求めているのであれば、
献立に組み込んであげたいと思うようになりました。
この提案には賛否両論ありました。
料理人からは反対もありました。
しかし、伝統に固執し、お客様が求めているものが提供できないのは違う。
過去を遡ると、会席料理のもとは茶会で提供されていた普茶料理が始まり。
千利休が提唱した考え方で、
客人にどんな風に感じてほしいのか、
どうもてなすのかを客人が来る前から考えられ、
花や掛け軸、茶道具が準備されていました。

 

 

 

 

オリンピックの抽選会で一躍流行語となったおもてなしという言葉ですが、
もともとは利休が確立した言葉だと思います。
たくさんのお客様がいらっしゃいますが、
その一人一人を見て、お話ししてお客様の求めていることをご提供したい
それは結婚式でも日本料理店としての営業としても同じことです」

 

お客様に心地よく過ごしてほしい、
楽しんでほしいと想い、
隠れ里車屋の創業当時からお客様への想いを後輩に語り続けてきた支配人がここにいます。
私たちも同じ想いだから強力なタッグを組んで一緒に結婚式を創り上げられるのだと思います。

 

創業当時から変わらぬ味を提供しづける車屋の料理で
感謝を伝える結婚式はいかがでしょうか。